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徳島地方裁判所 昭和41年(行ウ)6号 判決 1971年12月21日

原告

岸昇

右代理人

芳村治通

被告

徳島県知事

武市恭信

右代理人

田中義明

田中達也

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一、原告主張一、二の各事実(本件都市計画街路事業の施行経過、本件土地収用に伴う関係人である原告に対する補償の経過)はすべて当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、原告が徳島県収用委員会によつて認められ、被告も承認した補償金と補償項目の内訳は別表のとおりであることが認められる。

二、原告はまず不服の第一点として、原告所有物件移転に伴う損失補償額中、本件建物三棟(一の(1)(2)(3))の分は一、五〇〇、九六〇円か、少くとも一〇五万円が正当であり、裁決において僅か六三、〇七七円としか認定しなかつたのは、裁決申請当時二階建であつた(1)(2)の建物を平家建とみて算定する等の違法がある旨主張するので検討する。

原告が被告から補償の協議を受けた当時(1)(2)の原告所有建物(原告はこゝで中華そば屋を営業していた)が二階建であつたこと、しかるに、その後、昭和四〇年九月一〇日台風二三号の被害を受け、その一階部分が倒壊使用不能となり、平家建に変つてしまい、従つて本件裁決のあつた同四一年六月一〇日当時も平家建であつたことは当事者間に争いがない。

しかして、当時施行の土地収用法旧七一条によれば(現行七三条も同旨)、損失(額)は収用委員会の収用裁決(現行法の明渡裁決)の時の価格によつて算定すべき旨明定されているのであるから、右(1)(2)の建物移転による損失額についても前記裁決当時の現況である平家建に則して算出されるのが当然であり、これと異る原告の前記主張は失当である。

原告は損失額算出方法についても、(イ)本件の場合は、対象建物如何にかかわらず、裁決当時既に原告において替りの建物(二の建物)を新規購入しているのであるから、これに伴う出費を勘案して算定すべき旨及び(ロ)本件一(1)(2)の建物の一部倒壊は直接は台風によるものではあるが、被告の本件都市計画により東西両隣の家が取扱われたことも一因となつているから倒壊前の情況を前提として算定すべき旨主張するけれども、(イ)前者については、一般に収用土地上に物件が存する場合、その物件の移転料を補償して移転させるのが補償方法の原則であり、またその額も当該物件を収用土地から取り払い地に運搬し、もとのとおり設置し、従前の用に供しうるに必要な費用をもつて必要且つ十分と解すべきである(同法七七条参照)から、右主張は失当であり、(ロ)後者についても、原告の主張するような因果関係を認めるに足る確証もないし、仮りに原告主張の点が倒壊の一因であつたとしても、それは土地収用に伴う「損失補償」の問題とは自ら異るものであり、いずれにしてもその主張は独自の見解で採用し難い。

しかして、残存家屋(一の(1)(2)(3)の平家建物)についてなされた移転補償額を六三、〇七七円とした裁決内容自体については原告もこれを不当として争わない、と言うのであるから(証人和喜栄吉の証言によれば、現に右建物はバラック程度のものであつたことが認められる)、結局、原告の本件不服第一点は理由がない。

三、次に、原告は不服の第二点として、被告が原告の有する本件収用土地二二坪に対する借地権喪失に伴う損失補償をしない点を違法である旨主張するので検討する。

按ずるに、原告が本件収用土地について借地権を有していたことは被告もこれを認めて争わないところであるが、他方、右借地契約については、原告は昭和二八年一月二一日つとに賃貸人との間で「(イ)本件借地契約については、借地法の適用を受けないものとする。(ロ)期間は都市計画実施までとする。」旨合意し調停が成立した(徳島簡易裁判所昭和二七年(ユ)第一〇五号調停事件)ことも当事者間に争いがない。ところで、右存続期間の定め(ロ)の効力について考えるに、右特約は、元来、右借地が既に昭和二一年以来被告の都市計画事業の対象地となつており、いつ買収されるかもわからず、それ故、建築建物についても一定の制限がある情況の下でこれらの事情を前提として合意されたものであることが容易に認められるところであり((イ)の約定自体及び弁論の全趣旨参照)、これは畢竟、借地法九条所定の一時使用のため、特に短期の存続期間を定めた借地契約と解するのが相当で(最高裁昭和三二年二月七日判決―民集一一巻二号二四〇頁)、有効な約定であり、本件の場合、結果的にほぼ一三年半の期間となつたことも法定存続期間に照らしてみると特に右判断を左右せず、それ故、原告のした本件借地契約については同法一一条適用の余地はない。また、右契約が単なる私法上のものではなく、調停により合意成立したものである点も、もとより以上の判断に影響を及ぼすものではない(最高裁昭和四三年三月二八日判決―民集二二巻三号六九一頁参照)。しかして、以上の点を前提として前記条項の趣旨を考えるに、右にいう「都市計画実施まで」とは、「収用時期が到来するまで」という程度のやや概括的な定めをなしたものであり、原告主張のように「裁決の時ではなく、現実に収用の効力が発生する時である、」と言つたような形式的な(その限りでは正確ではあるが)解釈を施すべきものではなく、要するに、収用時期が来れば借地権は期間満了によつて消滅せしめる(その結果、補償は専ら地主にのみ支払われることとする)趣旨の約定と解するのが相当である。以上の見解と異り、本件借地権は収用に因つて消滅したと考える原告の主張は採用し難い。

そうすると、原告の主張する借地権は期間満了により消滅したのであり、何ら補償の対象となる、収用べかりせば存続すべかりし権利(収用に因つて消滅した権利)ではないことが明らかで、原告の第二の不服点も理由がない。

四、よつて、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(畑郁夫 葛原忠知 岩谷憲一)

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